カスハラ対策の録音は、いつから「個人情報」の問題になるのか ― コンタクトセンターの2026年10月と、その先

コンタクトセンター

2026年10月1日、カスタマーハラスメント対策が事業主の義務になる。猶予措置はなく、企業規模を問わず一斉に施行される。

厚生労働省の資料は、対象となる「職場」に電話やSNS等のインターネット上で行われるものを明示的に含めており、顧客対応の最前線そのものが名指しで規制の対象になっている。

そして指針は、講ずべき措置の例として「顧客等とのやり取りを録音・録画すること」を挙げている。ただし、「録音・録画に当たっては個人情報の保護に関する法律等を遵守し」という但書きがついている。

その個人情報保護法が、2026年7月に改正された。生体情報に関する新しい区分が設けられ、声紋がその対象に含まれる可能性が生じている。カスハラ対策として求められる録音が、別の法律の入口でもあるという構造が、ここで初めて生まれた。

本記事では、10月1日に何が義務になるのかを整理したうえで、録音と個人情報保護法の関係、業務委託における責任の所在、そして現場の実態調査が示す「制度と現場の落差」まで、コンタクトセンターに絞って解説する。


2026年10月1日に「何が義務になるのか」

改正労働施策総合推進法により、事業主にはカスタマーハラスメント防止のための雇用管理上必要な措置が義務づけられる。具体的な内容は、厚生労働省が2026年2月26日に公布した指針(令和8年厚生労働省告示第51号)に定められている。

指針上、カスタマーハラスメントとは次の3つの要素をすべて満たすものを指す。

  1. 顧客等の言動であること
  2. その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして、社会通念上許容される範囲を超えたものであること
  3. 労働者の就業環境が害されるものであること

コンタクトセンターにとって重要なのは、この「職場」に電話やSNS等のインターネット上で行われるものが含まれると厚生労働省の資料が明記している点だ。店頭や窓口だけの話ではない。

「顧客等」は、顧客名簿の外にも広がる

もう一点、見落とされやすいのが対象となる行為者の範囲である。指針は「顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者」と定義したうえで、具体例として次のような者を挙げている。

商品購入者やサービス利用者、問い合わせを行う者、取引先の担当者に加えて、施設利用者の家族施設の近隣住民、そして今後商品の購入やサービスの利用等をする可能性がある者である。

つまり、まだ何も購入していない相手からの問い合わせも、顧客本人ではない家族からの電話も、対象になり得る。顧客名簿に載っている相手だけを想定した体制では足りないということだ。

講ずべき措置は10項目

指針が定める措置は、大きく5つの区分・計10項目で構成されている。

区分措置
方針の明確化と周知・啓発①毅然とした態度で対応し労働者を保護する旨の方針の明確化と周知 ②カスハラの内容とあらかじめ定めた対処内容の周知
相談体制の整備③相談窓口をあらかじめ定め周知する ④相談窓口担当者が適切に対応できるようにする
事後の迅速かつ適切な対応⑤事実関係の迅速かつ正確な確認 ⑥被害者への配慮のための措置 ⑦再発防止措置
抑止のための措置⑧特に悪質と考えられる者への対処方針をあらかじめ定め、周知し、実行できる体制を整備する
併せて講ずべき措置⑨相談者等のプライバシー保護 ⑩相談等を理由とする不利益取扱いの禁止

これらは「望ましい」ではなく、必ず講じなければならないものとされている。そして、2019年のパワーハラスメント防止義務化のときに中小企業へ設けられたような猶予期間は、今回は指針上に置かれていない。10月1日に一斉に始まる。

罰則はない。しかし「やらない」選択肢もない

措置義務に違反したこと自体に対する刑事罰は設けられていない。行政の対応は段階的で、都道府県労働局が事業主に報告を求め、法違反が認められれば助言・指導を行い、それに従わない場合は勧告、勧告にも従わない場合には企業名の公表という流れになる。

ただし、実効性を担保しているのはこの行政手続だけではない。厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」には、対照的な2つの裁判例が紹介されている。ひとつは、カスタマーハラスメントに対して不適切な対応をとったことで賠償責任が認められた事例。もうひとつは、企業として対策を十分に講じていたことで、安全配慮義務違反の責任を免れた事例である。

ここが本質だろう。この法改正は「やらないと罰せられる」という話ではなく、「やっておけば守られる」という話に近い。対策への投資は、コストというより保険に近い性質を持っている。


指針は「録音」を求めている(ただし条件付き)

措置②の「あらかじめ定めた対処の内容」について、指針は具体例をいくつも挙げている。管理監督者にその場の対応方針の指示を仰ぐこと。可能な限り労働者を一人で対応させないこと。犯罪に該当し得る言動は警察へ通報すること。本社・本部へ情報共有を行い指示を仰ぐこと。

そして、その中にこう書かれている。

顧客等とのやり取りを録音・録画すること。なお、録音・録画に当たっては個人情報の保護に関する法律等を遵守し――

事後対応の場面でも同様だ。措置⑤の事実関係の確認方法として、管理監督者による現場確認や関係者からの聴取と並んで、「録音・録画等の客観的な証拠を確認」することが挙げられている。

つまり指針は、録音を対処の手段として明示的に挙げ、同じ文の中で個人情報保護法の遵守を条件として付けている。カスハラ対策における録音は、推奨される運用ではなく、指針が名指しした手段である。そして最初から、別の法律への目配りを求められている。

その別の法律が、いま動いた。


個人情報保護法が2026年7月に改正された

改正個人情報保護法は2026年7月10日に成立し、同月17日に公布された。全面的な施行は公布から2年を超えない範囲で政令が定める日とされており、遅くとも2028年7月17日までに施行される。

この改正で新設されたのが「特定生体個人情報」という区分である。生体情報のうち、①特別の技術や多額の費用を要しない方法で取得できるもので、かつ②取得されていることを本人が容易に認識できないもの、という2つの要件を満たすものとして政令で定めるものが対象になる。

立案過程で主要な想定例とされてきたのは、監視カメラ等から抽出される顔特徴データである。ただし条文の文言は顔画像に限定されておらず、声紋は「本人が気づかないうちに取得・解析できる」という要件②との親和性が高いと評価されている。声紋が実際に政令で指定されるかどうかは、現時点では確定していない。

自社の運用は対象か ― 4つに切り分ける

不安を煽る前に、切り分けておきたい。専門家の整理によれば、音声に対する処理は、その目的と内容によって扱いが明確に分かれる。

処理内容特定生体個人情報への該当実務への影響
通常の通話録音(音声ファイルとして保存)非該当変更なし
音声のテキスト化・生成AIによる要約非該当変更なし
感情分析(トーン・ピッチ・発話速度から怒り等を把握)非該当(特定の個人を識別しないため)変更なし
声紋認証・話者識別(本人確認、特定顧客の同定)該当し得る(政令で指定された場合)事前の通知、オプトアウトによる第三者提供の禁止、消去請求への対応

音声ファイルそのものは、本人認証や追跡のために変換された符号ではない。したがって、応対品質の向上やトラブル防止を目的とした従来の通話録音は、改正後も通常の個人情報としての規律に服するにとどまる。利用目的の公表と適切な安全管理措置を継続していれば、実務上の変更は生じない。

多くのコンタクトセンターは、現行の運用のままで問題ない。 規律が変わるのは、声紋を使って個人を識別しはじめたときである。

なお、通話録音がそもそも個人情報に当たることは以前から変わらない。個人情報保護委員会は公式FAQで、通話内容から特定の個人を識別できる場合は個人情報に該当するとしつつ、電話の冒頭で録音している旨を相手に直接アナウンスする義務までは法律上負わないとしている。

ただし、カスハラ対策の「次の一手」は封じられる

問題は、対策を高度化しようとした先にある。整理すると、次の3層になる。

第1層:音声のテキスト化、感情分析、言動パターンの解析にとどまる場合。 声紋の特徴量を抽出していないため、新設された規律の対象にはならない。プライバシーポリシーに「カスタマーハラスメント等の悪質な行為への対応および防犯目的」を追記して公表することで対応できる。

第2層:悪質な言動を行った人物の音声から声紋を抽出し、着信時にブラックリストと自動照合して警告を出す仕組みを構築する場合。 政令の定め方によっては、特定生体個人情報を本人に無断で取得したと判定されるリスクが生じる。生命・財産の保護や正当な利益の保護といった適用除外に当たるかどうか、法務部門による検討が欠かせない。

第3層:業界団体やグループ企業の間で、カスハラ顧客の声紋データベースを共有・横断検索する場合。 特定生体個人情報はオプトアウトによる第三者提供が全面的に禁止されるため、本人の同意なしに共有する道は法的に塞がれる。

カスハラ対策として最も効きそうな一手は、おそらく「常習者の情報を業界で共有すること」だろう。その方向が、制度上あらかじめ封じられていることになる。対策を提供する側にとっては、開発の方向性そのものに関わる話である。

タイムラインは、逆順である

ここで時間軸を確認しておきたい。

時期出来事
2026年10月1日カスタマーハラスメント対策の措置義務 施行
2027年1月17日改正個人情報保護法の一部の罰則規定が先行施行
最長 2028年7月17日改正個人情報保護法 全面施行

先に来るのはカスハラ対策のほうで、個人情報保護法の全面施行はその約2年後になる。

つまりこれは、いますぐ個人情報保護法への対応に追われる話ではない。いま構築する仕組みが、2年後に規制の網にかかるかどうかという、設計上の判断の話である。10月に間に合わせるために急いで導入した仕組みが、数年後に作り直しになる――その分岐点が、いま目の前にある。

※本章は法解釈に関わる内容を含みます。個別の判断にあたっては専門家にご確認ください。


委託しているセンターは、誰が義務を負うのか

コンタクトセンターの運営形態は一様ではない。ここで義務の所在が分かれる。

契約形態で、義務主体が変わる

措置義務を負うのは、労働者を直接雇用する事業主である。この原則を契約形態ごとに当てはめると、次のようになる。

契約形態措置義務を負う主体
直接雇用(自社社員)自社
労働者派遣派遣元・派遣先の双方
請負・業務委託(BPO法人)受託事業者(BPO企業)。委託元に直接の義務はない
業務委託(フリーランス個人)発注事業者(フリーランス・事業者間取引適正化等法に基づく)

厚生労働省の指針およびQ&Aには、法人間の請負・業務委託において委託元が措置義務を負うという明記はない。 行政指針が明確に対象としているのは、直接雇用の労働者、派遣元と派遣先の双方、フリーランス新法上の発注事業者、そして自社労働者が他社の労働者からハラスメントを受けた場合の事業主間の協力に限られている。

ここで誤りやすい点がある。「委託しているから発注側は関係ない」が成り立つのは、相手が法人のときだけである。業務を委託した相手が個人事業主であれば、フリーランス新法により発注側が体制整備の義務を負う。 関係が逆転する。

委託元も、無関係ではいられない

直接の措置義務がないことと、責任がないことは同じではない。

専門家は、委託元が過度なSLA(応答率の強制や切電の原則禁止など)を受託事業者に課し、受託事業者によるオペレーター保護や悪質な要求への対応を阻害した場合、民法上の不法行為責任を問われる可能性を指摘している。業務仕様書の内容そのものが、オペレーターの安全を脅かす要因になり得るという指摘である。

業界側の自主基準も、この点を補っている。日本コンタクトセンター協会(CCAJ)が2025年10月に開始した「カスタマーハラスメント対策推進企業認定制度」は、9つの誓約事項のひとつとして**「受委託関係においては双方で対策を行い、従業員を守るよう努めること」**を掲げている。同協会の倫理ガイドラインでは、委託元が受託事業者の法令遵守を監督・確認する役割にも言及している。

行政指針が受委託関係の細部に踏み込んでいない現状では、業界団体の自主基準が事実上の標準として機能している構図である。

「オペレーターから電話を切ってはならない」が終わる

そして、この法改正がコンタクトセンター業界にもたらす最も具体的な変化がここにある。

検討項目従来の運用2026年10月を見据えた実務
応対の切断オペレーターから電話を切ってはならないカスハラに該当する場合、段階的な注意を経て切断可
SLA・評価指標応答率・応答速度の厳格な適用カスハラ対応時の指標除外・補正
悪質事案の最終対応受託側センター内で完結委託元へ移管(法務・弁護士対応)

長らく、コールセンターの受委託契約では「顧客からの着信をオペレーターから切ってはならない」という運用が一般的だった。その前提が崩れる。

専門家が推奨し、実務で導入が進んでいる契約上の手当ては、おおむね次の4点に整理できる。①一定の条件を満たす場合にオペレーター側が段階的手順を経て通話を終了できる権限(切電権限)の明記、②受託側から委託元への即時エスカレーションと引き継ぎの基準、③カスハラ対応に伴う通話の長時間化やSLA未達に対するペナルティの免責、④警察通報や法的措置を要する場合の役割分担と費用負担。

要点は、受託側のオペレーターが、契約上のペナルティや評価低下を懸念して過度な要求に耐え続ける構造を断つことにある。切る権限を与え、SLAで罰さず、手に負えない事案は委託元が引き取る。この3点が揃って初めて、現場は動ける。

CCAJ認定は、すでに営業ツールになっている

CCAJの認定制度は、2025年10月の開始時点で15社だった認定企業が、2026年8月時点で28社まで拡大している。当初は大手BPO事業者が先行し、その後インハウスのセンターを持つ企業や地方に大型拠点を構えるBPO事業者へと広がった。

BPO事業者にとって、この認定は「自社オペレーターの安全が担保された運営体制」を対外的に示す証明になる。法改正を控えたいま、受託案件の獲得・維持と、採用力の強化における差別化要素として機能している。 委託元の側から見れば、認定の有無は委託先選定の判断材料になり得るということでもある。


しかし、現場はそう感じていない

ここまで制度と契約の話をしてきた。最後に、現場の数字を見ておきたい。

MMD研究所とPKSHA Technologyが2026年7月1日に公表した「コールセンターの心理的安全性に関する意識調査」(調査期間2026年6月4日〜9日、有効回答300人。うち管理者130人・オペレーター170人)は、2つの落差を示している。

落差①:制度は入っている。現場は整っていると感じていない

自社でカスタマーハラスメント対策を「実施している」と回答した割合は44.3%。一方、所属するコールセンターの現在の対策が「整っている」と感じている割合は28.3%にとどまる。

制度を導入した企業の割合と、それを実感できている現場の割合が、16ポイント近く開いている。

落差②:入れたものと、欲しいものがズレている

さらに示唆的なのは、対策の中身である。

企業が新たに導入・
強化した対策
現場が対策強化に必要と感じている項目
対応研修の実施40.6%カスハラだと思ったらSVにすぐに相談できる雰囲気づくり38.7%
通話を切断してよい
基準の設定
36.1%オペレーターのメンタルケア体制の充実33.0%
定義・判断基準の
明文化
34.6%カスハラ発生時の対応マニュアルの充実31.7%

企業が入れたのは、研修と、基準と、定義の明文化である。制度としては正しい。 前章で見た契約上の手当ての方向とも一致している。

だが現場が最も求めているのは、「カスハラだと思ったらSVにすぐ相談できる雰囲気」だった。ルールではなく、空気の話である。

背景には、階層による見え方の違いもある。心理的安全性を損なう要因として、オペレーター層では「カスタマーハラスメント」が31.8%で第1位だった。しかし管理者層では、第1位は「育成・フィードバックの不足」と「給与や評価への納得感のなさ」(ともに31.5%)であり、カスタマーハラスメントは26.9%にとどまる。現場で最も重い問題が、管理する側では最重要になっていない。

問われるのは「権限を与えたか」ではなく

契約書に切電権限を書き込むことはできる。判断基準を明文化することもできる。10月1日までに、多くの企業がそれを終えるだろう。

だが、現場のオペレーターが「切っていい」と思えなければ、その権限は使われない。 基準に照らせば切れる場面でも、評価が下がるかもしれない、SVに迷惑をかけるかもしれない、と考えれば、人は耐えてしまう。それは、この調査で44.3%と28.3%の間に開いた差そのものである。

法対応として最終的に問われるのは、「権限を与えたか」ではなく「使える環境にしたか」だ。

10月1日は、締切ではあっても到達点ではない。指針が求めているのは規程の整備であると同時に、その規程が実際に機能する状態をつくることである。そして機能しているかどうかは、規程を読んでも分からない。現場に聞くしかない。

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